週刊 奥の院
週刊 奥の院 第74号 2010.10.1
◇季村敏夫さん『山上の蜘蛛』(みずのわ出版)が、第12回小野十三郎賞特別賞受賞。
その“山上の蜘蛛” 特別企画展 11.3〜16 神戸女子大学教育センター1階ホール 入場無料 戦前神戸で刊行されたモダニズム系同人誌を中心に展示。
11.3 14時〜16時 同センター特別講義室にてシンポジウム 「モダニズムの断層」
季村敏夫、内堀弘(石神井書林)、間村俊一(装幀家)、扉野良人(詩人)が討論。
■全国離島振興協議会・(財)日本離島センター・周防大島文化交流センター監修
『宮本常一離島論集 第五巻 ふるさとの島にありて思う/島と文化伝承』 みずのわ出版 2800円+税
宮本の離島論をまとめる論集、第2回。絶筆となった「島と文化伝承」掲載。未来社の『著作集』未収録の論考も。
全国を歩き、「独自の視点で村落の成り立ちや現状を見、古老や重立(おもだち)、最前線の農林漁業者の現場に赴いて聴き、記録したのが宮本常一の学問の姿である」(解説・大矢内生気)。
宮本は膨大な量の写真を撮影しているが、本書では島々の空撮写真を多数収録する。1958年(昭和33)7月、瀬戸内を上空から見て感想を記している。
「歴史は記録や遺物や生活伝承の中にあるばかりでなく人文景観の中に法則と秩序をもって存在しているのである。それは上から大観してはじめてわかった」
空から見てその島の人たちの暮らしの歴史がわかる、と。
たとえば山口県の黒島。山頂までつづく均分開墾の段々畑は江戸時代末頃からコツコツ開墾したもの。収入源だったイワシやタコはとれなくなり、ミカンは手数ばかりかかり生産量は少ない。思い切った産業の転換がなかなかできない。「そういう苦悩が空からわかるのである」。
別の島では、終戦直後の食糧難の時代に開墾された畑が、無人の島になって荒れてしまっている。
小さな棚田が見える。田のひらけ方で島の人たちが懸命に働いてきたことがうかがわれる。田をひらくときには地下水の多い谷がえらばれ、谷の頭に池をつくる。上から下の田に水をみちびく。「前島の田には池が田の一番下にあるものが少なくない。きっと下の池から上の田へ水をくみあげたものにちがいない。それがどのように島の人たちに思い労働を背負わせることになったであろう」。
1977年、教師をやめたあとの文章がある。
「しておきたい仕事は瀬戸内海の研究で、これからは島わたりも多くなると思う。それも小さな島が多くなろう。人はなぜそこに住んだのか、どのようにしてすみつづけたのか、住みつづけていく条件はどういうものであったのか、実は文化というのはそういうことであって、住めなくなると言うのは文化の後退と見ていいのである」
離島振興法制定に運動をしてきたが、陳情でしか島の生活が成り立たないということは、力の弱い島は救われないということ。「陳情をしなくてもすむ政治を確立したい」と。
■中島岳志、雨宮処凛、能町みね子、清岡智比古、管啓次郎
『世はいかにして昭和から平成になりしか』 白水社 1700円+税
中島 1975年大阪生まれ、北大准教授。 「一九八九年から一九九五年へ――「今」がはじまった時に」
雨宮 1975年北海道生まれ、反貧困ネットワーク副代表。 「私とヤンキーとバンドブームと」
能町 1979年茨城県生まれ、文筆業。 「エネルギーと鑑賞」
清岡 1958年東京生まれ、明治大学准教授、フランス文学。 「おまえは何もしなかった――一九七五年、新宿」
管 1958年生まれ、明治大学大学院教授、比較文学。 序文「逃れがたい埋め込みを離れること、そして、戻ること」
東西冷戦終結、バブル崩壊……、この時代に青春期を過ごした人たちの私的な話。本書編集者Sさんの意図は、平成の始まりを「断片的な一人称の物語」を並べることで、「昭和と共に何が終わり、平成と共に何が始まったのか」を照射すること。中島さんは読者に、「自身がいかに平成の始まりを体験し、それから二十二年後の今という日常を生きているのかを振り返り、文章として紡いでほしい」と書く。自分の人生をストーリーとして把握することを勧める。
管さんの序文から紹介する。1975年、花柄のシャツを着て、ロンドンブーツを履いたロック少年。ある日聴いた「ホンモノのシカゴブルースにぶっとんだ」。小学生時代はグループサウンズの影響を受け、万博でガイジンをたくさん見て太陽の塔が強烈だった。中1で映画「小さな恋のメロディ」を見てロンドンに憧れ英語を真面目に勉強……。「こうしてみるとどれも最初からメディア化された経験だった」と苦笑。もちろんメディアは「大きな事件も、鈍くて思い報せ」ももたらしてくれた。記憶の落穂拾いをしても個人の人生がつながるわけではないが、孤立からの解放には他の人生との接触・衝突・爆発が必要。人と出会うだけでは人生と出会わない。「人生と人生の出会いは、言語的にのみ、はたされる」。それぞれのストーリーが出会う。そのような出会いが網状にひろがって、時代や世代が見えてくる、と。
■平井正治
『無縁声声 日本資本主義残酷史 新版』 藤原書店 3000円+税
初版は1997年。当時著者は釜ヶ崎のドヤで30年暮らしていた日雇い労働者で、労働運動の活動家だった。下層労働者の自伝・運動の歴史だけではない。たとえば、第1章は「生い立ちと有為転変」では、「大坂の産業と底辺労働者の住む長町」、「これらが猛威を振るった明治十八年の長男」、「処刑場跡の千日前」、「博覧会を機に長町とりつぶし」、「人力車フィリピンへ行く」、「人を見世物にした人類館事件」などなど、生まれ育った土地の歴史のほか、運動の歩みも丹念に調べあげている。古地図、新聞記事や資料が多数収録されている。
著者は1927年(昭和2)大阪市南区生まれ。小学校途中から丁稚奉公に出、戦中は海軍に志願。戦後共産党入党するが除名。以来一匹狼として諸闘争に参加。港湾労働者の組合結成、日雇い労働者組合結成など。
冒頭で告白する。
「僕、平井やないんです」
53〜54年、党員として住民登録法反対運動。党は選挙のため賛成にまわる。
「反対運動しといて、それでヌケヌケと登録するのは無責任」と。
釜ヶ崎に来たときにつくった名前で通している。信条を貫くことは、「公」に頼らないということだし、死んでも無縁仏だということ。
■チャールズ・マックファーレン
『日本 1852 ペリー遠征計画の基礎資料』 草思社 2000円+税
1852年7月、ペリー遠征の前年にニューヨークで出版。イギリスの歴史・地誌学者による本。彼自身は日本を訪れたことはない。オランダ語、ポルトガル語などで著述された記録と玉石混淆の文献・情報をもとに、歴史、地理、民族のルーツ、民族性まで解説。友人ジェームズ・ドラエンドという貴族が、若き日オランダ人と偽って日本で暮らしたことがあった。彼の住む町には日本に関するあらゆる分野の本が集められていたとか。
第一章 西洋との接触 ポルトガル人来航、フランシスコ・ザビエル、ポルトガル貿易の繁栄と布教 大坂の皇帝、オランダ商館、江戸参府、イギリス船の来航、アメリカ大統領の親書 他
第二章 日本の地理 マルコ・ポーロの記述、日本の島々、オランダ人とロシア人の観察 他
第三章 民族と歴史 日本人のルーツ、神の子孫、女帝 他
第四章 宗教 神道の創世記、伊勢巡礼、山伏、仏教 他
第五章 政体 帝と皇帝、権威の並列、世襲及び法治主義、潜在的軍事力 他
第六章 鉱物および希少金属
第七章 植物
第八章 動物
第九章 芸術、工業、造船、航海
第十章 娯楽、嗜好、民族性
第十一章 言語、文学、化学、音楽、絵画
直接的調査なしで、この情報収集および分析。今でいう“インテリジェンス能力”というものですか。
■マイケル・ハミルトン・モーガン
『失われた歴史 イスラームの科学・思想・芸術が近代文明をつくった』 平凡社 3200円+税
著者はアメリカの作家で外交ジャーナリスト(元外交官)。
“イスラーム”というと、9.11以来、テロや原理主義など過激・野蛮という印象を持ってしまう。中東での紛争もある。
著者は9.11のあと、ある女性財界人からスピーチの草稿を依頼される。主題は彼女の事業についてだったが、衝撃と悲しみの事態直後では不謹慎と考えた。ムスリムの偉大さと重要性をふり返ることで、「ムスリムと非ムスリムとの間の断絶に橋をかけようと試みること」にする。
彼女も同意した。マイケルは、「ムスリムの魅力的な歴史、すなわち発明、創造性、大きな諸思想、寛容、そして多文化共存」をまとめた。ヨーロッパよりも知的完成度が高く、異教徒がともに栄え、ともに仕事をした歴史、ヨーロッパのルネッサンス、近代西欧世界、そしてグローバルな文明など「二十一世紀初頭では、忘れられ、無視され、誤解され、抑圧され、書き換えられてさえしまった歴史である」。
スピーチに対する批判は覚悟したが、思いがけず海外のムスリムからもっと知りたいという問い合わせがあった。キリスト教社会はムスリムの歴史を知らないし、ムスリムでは忘れられている。まさに「失われた歴史」。
古代メソポタミア、古代エジプト、アラビアン・ナイト、アラビア数字の他に何を知っているだろう。
古代ギリシア哲学はアラビア語に翻訳されていたから現在まで残ったと聞いたことがある。
数学や医学、天文学に錬金術、シルクロードなど、イスラームが東西文明の交流の場であった。
地動説、大航海、重力の発見に西欧人の名が挙がるが、実は誤り。また、中世からルネッサンスの西欧知識人にとってはイスラームのゴルドバ〈スペイン〉留学が憧れだった。教養の基礎はアラビア語習得だった。
■みすず書房 大人の本棚シリーズ
吉屋信子 『私の見た人』 2800円+税
小堀杏奴 『のれんのぞき』 2600円+税
名作を復刊しているシリーズの新刊2点。
吉屋(1896〜1971)は大正・昭和の少女小説の大人気作家。戦後も『徳川の夫人たち』や『女人平家』などを発表。本書は各界の有名人50人を鋭く観察・記録したエッセイ。田中正造や大杉栄にも直接会ったことがある。
小堀(1909〜1998)は森鴎外の次女。東京を散歩しながら、老舗、職人、名跡を訪ねて拾った声と江戸情緒を書く。生涯父親の名前がついてまわるのだが、画家の夫と「乏しい暮らし」をする。解説・森まゆみ。
◇今週のもっと奥まで〜 またもや2本。
■小池真理子 『Kiss』 新潮社 1400円+税
蛭田亜紗子 『自縄自縛の私』 新潮社 1400円+税
や、どっちも「新潮社」。紙版で。ひとつ次回にまわせば……、いや、出し惜しみはしない。
(平野)