■ 『寝ても覚めても』 柴崎友香 河出書房新社  1500円+税
趣味で写真を撮ったり友達のイベントを手伝ったりしている朝子は、まだ社会人になった実感の持てない22歳。偶然出会い、やがて一人で上海に行ってしまう麦との関係とその後を、過ぎてゆく月日そのものが主人公であるかのように描いた小説です。
初の長編であるこの新刊の柴崎さんは今までと違いますよ。会話のことばがすばらしいのは相変わらずで、この人のほんまもんの大阪弁の掛け合いにはいつも感心させられます。
違うのは、印象に残ったことだけを、いや印象というほど強く心に残るものではなくて、眼に映ったもの、頭の横でピカッと光ったもの(滝田ゆうの漫画みたいに)だけを記述していくという文体なんです。だからほとんどの場面が目に見えることだけを追っていて、深く心の奥底に分け入ることをあえてしないんですね。愛するという言葉はまったく登場せず、「ずっと見ていたいと思った」「見てくれててうれしい」「好きやから一緒にいたい」が主人公の愛情表現となります。体温が低く、衝動で行動する主人公たちは、ある年代以上の作家が好んで描いてきた、熱く饒舌で強く主義主張する登場人物たちと決定的に違っていて、今の20代30代はこんななのかと教えられる思いです。
そして後半、淡々と話が進む中、朝子の意外な行動で話が急に動きます。ここで私は夢中になりすぎて、電車を降り忘れて朝礼に遅刻してしまったのでした。
印象的なシーンふたつ。超高級ブランドのショップで、ガラスに息がかかるくらい熱心に見つめていたら、指輪を嵌めさせてくれたシーン。

「きれいでしょう」おじさんが言った。
そして、ぎこちない賞賛の言葉を繰り返すわたしたちを、黙って見守っていた。そのあいだわたしたちは、自分が別の人になったような気持ちがしていた。ほんの少しだけれど、美しくて、強い人に。
微笑みを崩さないおじさんに指輪を返した。わたしたちは二十二歳の会社員と十九歳の店員にもどった。

もうひとつは三角関係の修羅場で

千花ちゃんは言った。
「どこがええのよ」
ちょっとぼんやりしていた亮平は、ふと気づいたという感じでわたしを見て、答えた。
「たぶん、顔」

これまで3回芥川賞候補になっている柴崎さん。社内の予想でそのたびに私は柴崎さんに票を投じて敗れたのでした。関西出身だし海文堂に来てくれた長嶋有さんのお仲間でもあるし、応援してますからそろそろ受賞してね。
話は違いますが、この海文堂書店日記、まるでYoshimasa Hirano日記になってますよね。私のがここに入ったら違和感があるほどに。たしか最初のお約束(!)では最低5人の執筆者がいたと思うんですが。皆さん発信しましょうよ。
(熊木)