週刊 奥の院

今泉

週刊 奥の院 第72号 2010.9.17
 
■今泉正光
『「今泉棚」とリブロの時代』 論創社 1600円+税
 業界の人でないと何のことやら不明かも。著者は元書店員で、この人が構成した棚・フェアが注目された。
 1975年、西武百貨店が池袋に300坪の書籍売場をつくる。のち「西武ブックセンター」、「リブロ」になる。激戦地・池袋で芸術書・人文書を中心にして成功した。文化人経営者と売場責任者の存在が大きい。今泉さんは77年に別の書店から西武の書店に移り、池袋店には82年から勤務。担当の人文書は「ニューアカデミズム」の著者たちが活躍中。ミニフェアから始めて、「現代思想」のフェアを次々と開催した。最初に「地方・小出版」のフェアをしたのも「リブロ」だった。目の集まるイベントだけではなく、既存のロングセラーをキチンと管理した。昼間は営業マン、編集者、著者たちと会い情報交換、閉店後売り上げデータ分析で、帰宅は深夜。通勤時間は読書に充てる。「一杯飲みに行って、くだをまくこととは無縁」の書店員(尊敬!)。スタッフ教育もしなければならない。
 一等地で大店舗を経営する百貨店にとっては書籍の利益などわずかなもの。経営者に理解はあっても重役たちは数字しか見ない。売り上げを上げることで書籍売場を認めてもらうしかない。93年店売を離れ、本部に。売り上げは順調だが、常に利益を問題にされる。
 バブル崩壊で本体がダメになる。「リブロ」の親会社は系列のスーパー、さらにコンビニに移る。その後販売会社の日販に買収されて、全くの別会社になった。スタッフの多くは他の大書店(元のライバル)に転じた。今泉さんは前橋の老舗に。
 70年代、学生運動を体験した若者たちが書店に入社しだす。本屋の棚がこれまでの棚と違ってくる。彼らは大手・中堅版元だけではなく、弱小や新興出版社の本を並べる。今で言う「系列棚」があちこちにできた。私の先輩「うるさ型」たちも「棚」と格闘していた。「今泉棚」はその代表だったのではないでしょうか。
 
■釈宗徹
『おてらくご 落語の中の浄土真宗』 本願寺出版社 1800円+税
 (目次) 1.仏教と芸能 2.説教と落語 3.落語の宗教性 4.落語の中の浄土真宗 5.シンクロする場 付録CDにお説教(16分)、落語「寿限無」(20分)、「お文さん」(37分)。
 落語には「お説教」の性格が色濃く残っているそう。あの「寿限無」は「阿弥陀経」のお話。他宗派のお話もある。
 そもそも芸能は宗教儀礼から発生したもの。音楽や装飾や仮面とともに歌い踊り唱える……。忘我・憑依の状態で神や死者と交感する。盆踊りや音頭は現在も続いている。
 
以下2点、県下では当店だけにしかないと思う。
■『CABIN 12』 編集・発行 中尾務 700円(税込)
 文学研究誌。
目次 
淋しい東京――夏目漱石「門」を読む 岡崎武志  
がんがらがんのがん 田村治芳  
生島さんに教わったこと 山田稔  
読者の一人として――川崎さんが亡くなられた 高木護 
尾崎一雄と苔の道  田中美穂
鹿ケ谷  松尾尊禱
方形のプラネタリウム――木辺成麿さんの旧蔵雑誌  扉野良人
昔の話4  斎田昭吉
汚辱の犬――戦前神戸のモダニズム詩に触れながら  季村敏夫
小特集・小沼丹
小沼丹の庭  矢部登
万物と語ろう  中村明 
小特集・富士正晴
新資料 城方鮎子  富士正晴
「城方鮎子」をめぐって  中尾務
 表紙  北沢街子
 
■『纜 RAN 第2次 Vol.1』 もず工房 1000円(税込)
 金時鐘さんが01年〜07年にかけて全12号で、『朝鮮詩集』の再訳を掲載し、岩波書店から単行本『再訳朝鮮詩集』として出版された。一旦終刊したが、まだ訳されていない詩人・作品が数多くあった。
目次
再度『再訳朝鮮詩集』連載? 金時鐘 『再訳朝鮮詩集』を連載するに当たって 
 
季村敏夫 朝鮮京城府と『水脈』のこと
瀧克則 地積簿から
野口豊子 朝鮮併呑論と安重根 他

『CABIN』と『纜』詳しくはこちらを。 http://sumus.exblog.jp/13964579/
 
■新雑誌創刊。 『kotoba コトバ』 集英社 1400円(税込)
 季刊誌。特集は「生物多様性はなぜ必要なのか。」 森達也福岡伸一奥本大三郎茂木健一郎他。
「第八回 開高健ノンフィクション賞」。角幡唯介(かくはたゆうすけ)『空白の五マイル 人跡未踏のチベット・ツアンポー峡谷単独行』 単行本11月予定。

 他に、小熊英二インタビュー 「ポスト戦後の思想」はいかに可能か? 湯浅誠石井光太対談 貧困の現場で見たもの。
 連載陣は、マーク・ピーターセン、浜矩子、鎌田實、亀山郁夫ル・クレジオ齋藤孝など。意外なところで、我らが“グレゴリギュレギャレ・青山”の田舎暮らし「重箱式」4ページ。
創刊のことば「はじめにコトバありき。」が頼もしい。

■当店で今圧倒的に売れている本、『くじけないで』でも『酒とつまみ』でもない。
ロバート・ルイス・スティーブンソン 詩、イーヴ・ガーネット 絵、まさき・るりこ訳
『ある子どもの詩の庭』 瑞雲舎 1500円+税
 こちらをご覧ください。http://www.zuiunsya.com/
 
◇今週のもっと奥まで〜
 真面目な純真な本のすぐあとで、これだから嫌われる。
村山由佳 『アダルト・エデュケーション』 幻冬舎 1500円+税
 弾けてしまった村山さん、今回は、不倫、同姓愛、SMなどなど短篇集。
「認めることすら恥ずかしい失敗、今でも夢に見るほどの後悔……。私の身の裡には、そんなものばかりを山と押し込めた倉庫があって、ここに収めた物語のうち少なくとも半分は、その厄介な宝物蔵から引きずりだしてきた記憶を核に書かれた」(あとがき)
 引用は『あなたのための秘密』。紙版にて。
(平野)