週刊 奥の院

義経

週刊 奥の院 第72号 2010.9.10
小島毅
義経の東アジア』 トランスビュー 2400円+税
 義経をアジア史・世界史レベルで見る。ひょっとして「トンデモ・ジンギスカン説」?
目次
はじめに
?義経の東アジア
はしがき 墓前のお目汚し
第一章 義経の時代の東アジア情勢
義経と同い年の男 二つの中国―宋と金 日宋貿易の商品 ゼニがでまわったわけ
第二章 義経登場前夜の日本
中世のはじまりはいつか 京の権力闘争の変容 少年・義経は奥州平泉にいたのか 平泉の形成と義経 瀬戸内転戦、そして悲劇へ
第三章 源平合戦の国際性 
西の平家、東の源氏 動乱の治承四年 仏教界の新風 無常観と軍記 もし宋が滅びていたら・・・
第四章 武士道と義経伝説
武士とはなんぞや? 「武士道」について―新渡戸稲造三島由紀夫大塩平八郎 京都から東京へ 新説鎌倉武士―踊る義経捜査線 義満の東アジア
?異境の表象
朱子学事始―武士の理想像の変容
?開かれた日本思想史学へ
歴史を開かれたものに

(?)の部分は05年に勉誠出版から出版。当時NHKドラマで「義経」が放送されていた。本も多く出て、それらにケチをつけたわけではなく、これまでの義経像とは異なる見解を披露しているものもあり興味深いと(寛容だ)。しかしご不満。何か? 義経を日本史の枠の中だけで語ろうとする姿勢に。やはり「ジンギスカン」?
 12世紀後半は日本史上だけでなく東アジア全体でも転換期だった。
「平家の栄光や源氏の勃興も、その文脈において見ないことには、正確な姿を描くことなどできない」
「日本は孤立した島ではなかった」
 中国大陸は「宋」の時代。「宋」は北方を「遼」と「金」=女真族の国に、西方は「西夏」に領有されていた。金=ゴールドは「金」の国名どおり北部で産出し、西の交易路も抑えられている。「宋」の交易は東方の日本が重要になる。奥州藤原氏の金だ。日本は「宋」の特産物・美術品・書物とともに宋銭を輸入する。宋銭は当時の世界通貨で、国際貿易だけでなく日本国内の交易にも使われた。かといって「宋」が世界帝国だったというわけではない。
「需要があって宋銭が出まわったのではない。順序が逆なのである。宋銭が出まわることで人びとが購買への欲望をかきたてられ、余剰生産物を作る意欲を持つようになったのだ。人びとは欲望を持つようになり、そして勤勉になる」
 この貨幣経済浸透が「宋」の政策で、これが領域外に及んだ。日本では平氏日宋貿易で富を集め、政治的に利用する。瀬戸内海航路を整備し、博多よりも京に近い国際貿易港を開こうとする。福原京の建設だ。平氏による物流、富の蓄積は京の公家社会にも食い込み、広く人々に物質的欲望をかきたてさせ、交換手段である宋銭獲得のための生産活動に向かう。
 そういう時代だった。
 さらに「義経伝説」形成と、「宋」で生まれた「朱子学」との関わりも。

玉蟲左太夫 訳・山本三郎
仙台藩士幕末世界一周 玉蟲左太夫外遊録』 荒蝦夷 2100円+税
 仙台で活動する出版社。神戸での取り扱いは当店のみらしい。
 本書、万延元年(1860)の遣米使節団の一員として渡米した仙台藩士の記録。乗船した船はアメリカのポーハタン号で、随行したのが咸臨丸。玉蟲らはサンフランシスコからパナマ経由で航路、東海岸に向かう。ブキャナン大統領に会い、各地で大歓迎される。大西洋からアフリカ、ジャワ、香港、横浜と277日間の旅日記。日付、天候、温度、走行距離、緯度・経度を記し、停泊・滞在した各地の自然、風俗、歴史などを観察している。
 公式記録以外に手記もある。アメリカ水兵の葬儀で、艦長が涙を流してその死を悼んでいる様に感動し、身分の上下にこだわらない態度にアメリカ発展の理由を見ている。同じ場面を彼の上役は「アメリカの軟弱」と正反対の評価。
 さて玉蟲、帰国後維新動乱の時代にあって、奥羽越列藩同盟で重要な役目を負う。明治2年(1869)、仙台藩は首謀者の処分がすんだあと、勤皇派の追及で彼を切腹させる。新時代を担うべき人材を失った。このことは福澤諭吉も『自伝』で非難している。
 訳の山本さんは玉蟲の玄孫にあたる。

紀田順一郎
『幕末明治傑物伝』 平凡社 1700円+税
「幕末から明治初期にかけては、混乱と変動の時代であったから、そのさなかで日常を送った人々には、けっして快適とはいい難い、不安と動揺の日々であったにちがいない。
 逆に、これを転換や変革の時代と予感し、古い体制やしがらみの中から脱出する機会として、果敢に行動を起こした人々も少なくなかった。何度か失敗や挫折を繰り返し、試行錯誤を重ねなければならなかったとしても、彼らはなお前途に曙光を見出し、時代の先駆けになろうとする意欲に満ちていた」
 09年横浜開港150年にあたり、横浜ゆかりの18人を列伝風にまとめる。商人、教育者、芸術家から相場師、芸人まで並ぶ。有名どころでは、J・C・ヘボン(医師、ローマ字創始)、岸田吟香(新聞、事業家)、前島密(郵便)、快楽亭ブラック
 ブラックさん。芸人デビューは明治11年(1878)12月、横浜の富竹亭、人気講釈師の前座。フロックコート姿で流暢な江戸前の日本語で語った。さて、彼の数奇な人生とは?

■斎藤潤著 全国離島振興協会・(財)日本離島センター監修
『島――瀬戸内海をあるく 第2集 2003−2006』 みずのわ出版 2800円+税
 なぜ著者は瀬戸内海の島々に思い入れるのか。「汲めども尽きない魅力」があるのだが、もうひとつ、「マイナーだから」。沖縄や南の島は、いろいろな人が言及し、ガイドブックもたくさん出る。わかりやすい明確な美しさがある。
「それに比べると、海砂採取によって浜は痩せ細り、白砂青松の景勝地もほとんど失われた瀬戸内の海は、やはり見劣りしてしまう」
 沖縄は米軍基地という「負」を背負うが、瀬戸内は都会の汚染を引き受けさせられた。過疎、高齢化、フェリー航路の消滅など明るい材料はない。それでも小さな島々を歩くことに意義はある。そこで人は生きてきたし、今も生きている。その地域の生活がある。

山本善行
『古本のことしか頭になかった』 大散歩通信社 952円+税
エルマガジン』に連載した古本エッセイ「天声善語」をまとめる。全篇について、その後の出来事や関連本のことを加筆している。
第一篇で取り上げたイラストレーターの本をまだ入手できていないこと、詩人の本は入手したが高かったらしいことなど。また、「古本屋を始めたので仕方ないが、自分の大好きな本が少なくなっていくのはちょっと寂しい」とポロッと。
京都寺町通にあったブックカフェ「黒猫堂」のTさんのこと。残念ながら急死された。
「今でも時々思い出す。Tさん、私も古本屋を始めましたよ、って言いたかった」
 ちょいホロッ。

◇今週のもっと奥まで〜
大崎善生 『ランプコントロール』 中央公論新社 1600円+税
 東京とフランクフルトを舞台にした恋愛物語。大手出版社に勤める直人はドイツ転勤に。恋人理沙は父親の病気のため日本を離れられない。別れ。最後の夜……。3年後帰国するが、理沙の消息は……。ふたりの別れのシーンを紙版で。

◇ヨソサマのイベント
「石井一男展」9.11(土)〜29(水) 17休み
ギャラリー島田 078−262−8058
http://www.gallery-shimada.com/index.html
 さらに10.2〜13は「林哲夫新作油彩画・ちくま表紙原画展」
(平野)