週刊 奥の院

たぬきち

中島さなえサイン会」盛況。ご参加くださった皆さん、ありがとうございます。おっさんたちは「さなえちゃん」の次作まで生きていけます。
 週刊 奥の院 第69号 2010.8.20
「69号」である。
「69」についてまたバカを告白しよう。「おっさんアホか通信」のネタ。
村上龍さんの『69 sixtynine』(1987年・集英社)をずーっと「sixnine」と思い込んでいて、また龍がスケベな小説書きよったと。
■綿貫智人
『リストラなう!』 新潮社 1300円+税
 取り上げるのが遅い。これには私なりの訳がある。
 まず、普通に紹介。ペンネームはブログ名の「たぬきち」をもじって編集部がつけたそうだ。有名出版社がこの3月、優遇措置を設けた希望退職者を募った。対象者120名で、50名退職が会社の目標。「たぬきち」は編集、宣伝、販売と20年働いている対象者だ。考えて、「辞める」と決めた。そして社内の出来事や雰囲気を実況中継のように書いた。出版業界の問題点も取り上げた。自分の給料も公開した。ブログは大きな反響を呼び、2ヵ月で240万人が読んだ。多くのコメントが寄せられ、議論の場にもなった。やはり大手出版社の高待遇は非難の的だ。会社の後輩と思われる人からの批判もある。「たぬきち」の仕事の力量まで小馬鹿にする人も。それに対しても、「たぬきち」は低姿勢で真摯に応えている。批判も中傷も本書に掲載されている(読者のコメントは了解を得たものだけ)。
 出版業界の利益の分配、再販問題、電子書籍などなど議論が広がる。「たぬきち」のご家族まで参加、辛辣なコメントのなかでまさに一服のお茶という存在になった。
 さて、冒頭の私の事情。
たぬきち」は営業マンで兵庫県も担当、当店にも何度も来てくれている。当然応援しなければならない。しかもF店長の後輩(かなり下)でもある。しかし、私、根性が小さい。○×も役立たずだ。同社のあまりの優雅なリストラに、ちょっと嫉妬、すっごいヤッカミの感情を抱いた。
 昔、バブルの後、ある中堅出版社が危なくなった時、営業責任者に聴いた。雇用を優先して給料は全員半分にしたそうだ。大手の高給はよく知られる。「たぬきち」の会社は、私の世代だと新書版の「○ッ○ブックス」「○ッ○ノベルス」だが、すっかりファッション雑誌の版元になっている。広告収入に頼っていたわけだ。
 仕事を辞める、職業がなくなる、収入のメドがない……、決断をした「たぬきち」にアカの他人がとやかく言うことはない。そもそもヨソの会社のことだ。素直に応援すればいいことなのに……。
 本書出版前に、朝礼で「あまり売る気になれない」と言ってしまった。当店にしてはそこそこの数が入荷したし、追加を手配する気もなかった。
 しばらくして、「たぬきち」がハガキ(そのままPOPに使える)を送ってくれた。当店のことを「大好きな書店」、それに「素敵な体験」と書いてくれている。私、コロッと転がる。節操がない、主義も主張もどっかに行ってしまう。読みました。ひたすら頭を下げている営業マン「たぬきち」の姿がある。私、電子書籍や電脳機器のことは何もわからないけど、あんたの姿勢はわかった。告白しよう。ケータイ持っておらんぞ。どーでもええな。
 追加注文もしました。ほんとうに素直ではない。何かひねくれて、ちょっとしたキッカケを待たないと行動できない、背中を押してほしい、あれです。
たぬきち」、里帰りのついでに神戸に。改心した後に会えてよかった。

■室田元美
『ルポ 悼みの列島 あの日、日本のどこかで』 社会評論社 2000円+税
 1960年神戸生まれ、関学大卒。広告会社を経てフリー、女性誌ライターとFMラジオで構成。そのかたわら戦争に関する取材を始めて4年。各地の戦争遺跡を訪ね、土地の人たちに訊く。重いテーマだが、著者に力みはない。土地土地の魅力も伝えている。
 カバーの写真は相模湖。レジャーボートが浮かび、釣り人が集まるここにも戦争の傷跡が残る。日本初のダムによる人造湖で、41年に建設が開始された。京浜の軍需工場への電力供給が目的。当時住民の強い反対があったが、押さえ込まれた。東北・北陸の出稼ぎ者、勤労学徒、強制連行の外国人など360万人が動員された。過酷な工事で47年の完成までに83名の犠牲者が出た。79年、県が「湖銘碑」を建てたが、外国人労働者の記述が不十分で、地元の研究者が建て替えを申し入れ、93年に完成。県史にも書き入れられ、記念館も建設された。
 神戸。「神戸港 平和の碑」は海岸通の「神戸華僑歴史博物館」の敷地にある。当時、この地で暮らす華僑にも監視がついた。怪しいとなれば拘束、拷問、死者もでた。港では労働力が不足し、中国人・朝鮮人他捕虜までが荷役にかり出された。250人以上の犠牲者が判明している。市民の募金によって08年に「碑」は完成したが、当初メリケンパークに建てる予定が実現せず。華僑の人たちの理解と好意で現在地になった。
「地図から消された、毒ガスの島 広島県大久野島」「もうひとつの鎮魂の月 京都府舞鶴浮島丸事件」など23ヵ所。

◇今週のもっと奥まで〜
渡辺淳一『天上紅蓮』 雑誌『文藝春秋』連載中。9月号第14回より。
 白河法皇とその恋人・待賢門院璋子(たいけんもんいんたまこ)の物語。法皇崩御、彼の愛と庇護を失った璋子の悲嘆と不安の日々。この時妊娠中で、葬儀にも立ち会えず、さらに6歳の親王が病で亡くなる。法皇への思いがつのる。場面引用は紙版できっちり。
(平野)