週刊 奥の院

文藝春秋

週刊 奥の院 第60号 2010.6.18
井上ひさし「絶筆ノート」+夫人の手記 『文藝春秋』7月号
 2009年10月19日 「組曲虐殺」を総見した識者とスタッフと共に食事後、突然の発作。「『死』を決意した数秒間」。
 20日 病院、検査・点滴
 24日 雑誌の座談会。
 通院、29日 所見。肺癌。
 11月2日 入院。
 12月にがん闘病を公表すると「文藝春秋」から「闘病記」の執筆依頼。
「自分は医者でも専門家でもない。病気について詳しく追及するのは立花隆さんたちに任せて、自分は“ことば”を書きたい。治療の内容や感じたこと、医者に聞いた話をことばにすることが自分の仕事」
 抗がん剤投与のため入院・退院をくり返す。ノートには医師に伝えるため、痛み・のどのつかえなど体調を記している。
 3月15日 症状悪化、入院。「もうこの家に帰ってこられないかもしれないな」とつぶやく。
 闘病記を書くのは難しいが「インタビューという形ならやれる」と。
「苦しいけれど、自分は作品の中で『たとえ人生が残り一日でも、どんなに苦しくても、人間は生きなきゃいけない』と書いてきた。そう書いた以上は、自分のことばに責任を取るために頑張らなきゃいけない」
 病状はさらにあっかし、インタビューも叶わなかった。
「家で死にたい」「延命治療はいや」という希望のほか、葬儀やお別れ会のことも話題にした。自分がプロデューサーをやらないと、と夫人と笑った。
 4月9日 朝帰宅。その夜逝去。
 夫人といろいろな人の闘病について話した時、
「戦争や災害だと、たくさんの人が同じ死に方をしなきゃならないんだ。ひとりひとり違う死に方ができるというのは幸せなんだよ」
 と語った。
 最後まで新作『木の上の軍隊』執筆に意欲を燃やしていたそうだ。
 あらためてご冥福をお祈りいたします。
田中貴子 『中世幻妖 近代人が憧れた時代』 幻戯書房 2900円+税
 甲南大学文学部教授、日本中世文学。朝日新聞で書評担当。
 博物館で研究者仲間と初めての資料に出遭う。鎌倉後期書写の経典注釈書。寺院の縁起説話の断片を見つけて、
「中世的だねー、これは」
「いかにも中世ですよね」
 ほんとうに発作的に口を衝いて出てしまう。どうして? 何をさして「中世的」?
 一般の人はどうか。講演で質問があった。
「先生、○○が言っているように、無常が中世の本質なんですね?」
わび・さび・幽玄・無常……、西行、実朝、世阿弥平家物語歎異抄……、どうしてステロタイプな中世を思い描くのだろう?
 著者は、「『中世』に限らず、時代に『本質』などはない」という立場。また小林秀雄他近代知識人が「一般人」に浸透させた「中世」のイメージは、近代というフィルターを通して見たものと説明してきた。
「中世」という時代区分は人間が勝手に制定したもの。「中世的」というのは、「おおむね近代知識人の言説を知らぬ間に取りこんだ人々の頭の中にあるだけのものでしかなく、〈中世〉は自明のものとして存在するのではない」
 時代区分についての諸説と近代知識人の中世言説史をたどり、ステロタイプ「中世」の原因を探る。
 目次 ? 発見された中世
    ? 旅する西行
    ? 実朝の影を追って
    ? 世阿弥という名の芸術家
葉室麟 『柚子の花咲く』 朝日新聞出版 1700円+税
 エエ話やー。
 瀬戸内の小藩。干拓地の境界をめぐって隣の藩が幕府評定所に訴訟。郷学(きょうがく、武士だけでなく百姓・町人も学べる学問所)の教授が両藩の重役が決めた覚書と絵図があると江戸に向かうが、途中で殺される。女連れだったとか、遊蕩者であったとか悪評ばかりが立つ。教え子たちが真相解明に乗り出す。下級武士孫六、恭平、庄屋儀平と妻およう。藩の用で隣国に行った孫六も殺される。その調べに恭平が向かう。
 師の家族、家の決めた許婚、恋人、友人らと接触、真犯人に迫っていく。証拠の品は、師が大切な人たちに託していた。
 教え子たちは幼い日を思い出しながら、それぞれが大切な人への思いに気づく。
 書名は、師の口ぐせ「桃栗三年、柿八年、柚子は九年で花が咲く」(教育には時間がかかる)から。「梨の大馬鹿十八年」と続く。
◇今週のもっと奥まで〜
ネタが見つからぬ。困った時の「女性雑誌」。あった。
■『婦人公論』6.22号 「性愛体験 男の性の不思議」から、島村洋子『褒めて殺して』
 「夫に隠れて男たちと関係を持っている智恵子。彼女を何よりも高揚させるのは、彼らの懇願と賞賛だ」
 智恵子40ン歳、夫とはしない。夫以外の男は自分を褒めてくれる。自分も甘える。
 夫の恋人という若い女性が現われる。
「あの人のどこが好きなの?」
「すごく私のことを褒めてくれるんです」
「あなたは褒めるところがいっぱいあるからでしょう。責任がないと男は饒舌になるものよ」
 では、自分の男たちは妻のことを褒めないのだろうか?
 夫の恋人と話しながら、智恵子は男たちの妻に会いたいと思う。
「すごく私のこと褒めてくれるんです。家では奥さんのことも褒めてくれますか?」
 と一言言ってやりたい。
 引用はかなりなので、チョイ自粛。紙版で。
(平野)
 明日はいよいよ当店若手のハッピーウェディング。詳細は次回。