kaibundo2010-06-13

■『小さいおうち』 中島京子 文藝春秋  1581円+税
小説の面白さはドラマチックなストーリーや主人公の波瀾万丈な人生にあるのではないですよね。誰の人生にも、大小にかかわらず光り輝く一瞬があるし、心に残るひとときがあり、ひとつふたつは人に言えない秘密もあるでしょう。中島京子はこういうの、ほんとにうまいなあ。
昭和の初め、東北から東京に女中として奉公に出たタキの人生は、当時の女性の進路としては決して珍しいものではなかったし、奉公先の奥様だって、最初の夫に死別して子連れで再婚するなど、よくあることだったのでしょう。平和な毎日に、目に見えないくらい少しずつ、戦争の影が忍び寄ってくる。そしてある日、つつましい日々が築いた幸せのすべてが崩壊するのです。
でもこれは、戦争がすべてをぶち壊しました、というだけの小説ではありません。生き残った人はその大きな癒えない傷を一生抱えて生き続けなければならない、むしろそちらがテーマと言えそうです。
タキが書くのは、長い人生の中の一部分である、赤い屋根の小さいおうちにまつわる心覚えの記。その手記を読む甥の次男と、読者も一緒になってタキの世界に入り込んでゆく巧みさ。タキがずっと後悔し続けてきたこととは…
戦前の風俗を調べるために、著者は図書館に通いつめて、それが大変楽しかったそうです。当時の流行や暮らし向きや人々の話題に至るまで、ほんとにそこにいたかのように描かれていて、ご年配の方にも読んでいただきたい。いつもいつも母から戦前の話を聞かされてこの時代に耳慣れている私にとって、こういうの読みたかったんだという大満足の一冊でした。
(熊木)