kaibundo2010-06-04

■ 『いまも、君を想う』 川本三郎 新潮社  1200円+税
川本さんにはかつていろんなことを教わったものです。映画の見方はもちろん、東京下町の歩き方、永井荷風のこと、「郊外」について、小体(こてい)な呑み屋での楽しみ方、デビュー間もない頃の村上春樹の読み方もこの人に教わったんだったかな。そして今回の新刊書で教わったことは、身近な人を亡くしたときの悼み方なのでした。
私的なことはほとんど書かない氏にとってこの本は例外で、きっとご本人も今回だけという心積もりで書かれたのでしょう。これは一昨年の6月に57歳で亡くなった妻の恵子さんのことを振りかえったエッセイなのです。
食道癌が見つかり闘病の甲斐なく亡くなる過程と、元気だった頃の妻の記憶を、日記形式ではなくあとから振り返る形で綴られています。回想は相前後して、出会った頃のことから、氏が朝日新聞社の退社を余儀なくされた時のこと、日々のささやかなやりとりなどを、ウエットになりすぎないように意識して筆を運んでいるようです。
台湾で名前を書いてと言われた時、川本三郎じゃあんまり簡単すぎるからと自分は澁澤龍彥、妻は與謝野晶子と書いて「すごい名前だ」と感心された話など、夫妻の楽しいエピソードが散りばめられている分、余計に氏の悲しみが伝わります。悲しみの海におぼれそうになっても、今しっかり悲しむことでしか癒されない、本書はまさしく追悼の書と言えるでしょう。
先程、川本さんは私的なことをほとんど書かないと記したけれど、もう一つ私的な本がありましたね。そう『マイ・バック・ページ』(現在品切れ)です。朝日ジャーナルの記者だった氏が、取材で大きなミスを犯し逮捕された、氏にとっては挫折の物語。これが来年映画上映されるんです。妻夫木聡君が主人公役だとか。奥さんに、「あなたと全然違うじゃない」と、突っ込みを入れてもらいたかったでしょうね。
ところで、ちょっと気になるんですけど新潮社さん。このこぶりな判型と装丁は、城山三郎『そうか、もう君はいないのか』とそっくりなんですけど。これじゃまるで、妻を喪った物書きによる追悼シリ−ズみたいじゃないですか…
(熊木)