週刊 奥の院

週刊 奥の院 第57号 2010.5.28
嗚呼! “青春の思ひ出” 不純だから期待しないで。
■バーナード・マラマッド (訳)小島信夫・浜本武雄・井上謙治 巻末エッセイ 荒川洋治
レンブラントの帽子』 夏葉社 1600円+税 
 1975年に刊行された集英社版から3編を選んで復刊。本書については、きっとたくさん紹介記事や書評が出ると思うので、私は極々個人的な「思ひ出」を。退屈でしょうが、お付き合いください。
 学生時代です。友人とよく行っていた呑み屋でのこと。たぶん二人で本の話をしていたのでしょう。そこのお姉さんが、「本書」を探している、見つからないと話かけてくる。私は「クレヨンしんちゃん」と同じで「きれいなお姉さん」が大好きだったので、このお姉さんのことも大好きだった。「本屋行ったら探してみる」と安請け合いした。「何の本やろ、やっぱり美術の本かいな?」。当時の私の知識では、翻訳物なら「白水社」くらいの見当。何もわからずあちこち探した。尋ねた。見つからん。学校の図書館でもわからん。「コーべブックス」でも尋ねたけれど「わからない」と言われた。数年後、私はその本屋に入るのだが、そこには文芸書に詳しいAさんがいた。「この人が知らなかったはずないやろ」と思いながら訊きそびれた。そのうち忘れていた。もし、あの時「本書」を探し当てていたなら、ひょっとしたら「きれいなお姉さん」の覚えめでたく、たくさん呑めたかもしれない。その後の展開もあったかもしれない。想像だけを膨らましていた。
ようやく読むことができた。
 彼女はなぜ「本書」を探していたのか? それくらい尋ねておいたらよかった。そしたらそこから話が繋がって……、また実現可能性ゼロであったろう想像だけがもやもやと。いっこも進歩しておらん。

 ■北尾トロ 『全力でスローボールを投げる』 文藝春秋 1600円+税
 オンライン古本屋さんでライター。古本エッセイの他、裁判ルポで活躍。かつては「ダ・ヴィンチ」のライターで、震災1年後の神戸の書店状況を取材してくれた。
 本書は「週刊文春」連載。「五十路を迎えたトロさんのトライ&エラーな日常」をトロトロと。
 カルチャー教室の「エッセイ講座」に潜入。参加者たちが長く受講している理由を知る。「本気でエッセイストになりたがっている人などおそらくいない。切磋琢磨しながらオノレの能力を磨き、共通の趣味を持つ仲間と知り合い、人生の将来にやりがいを見い出す」。そういう人たちの集まり。課題「虹」で、トロさんはゲイの象徴「レインボーカラー」をむりやり絡めて、ニューヨークの「オスカー・ワイルド書店」のことを書く。「プロの哀しさ」で無難にまとめたことを反省し、中座する。もうここへは来ないと思いながら……。
 「中高年向けお見合いパーティー」に参加したり、「接待ゴルフ」を体験(「文春」の社長が同行)したり、スイーツ、ラブホテル、ブラ男、ひとりカラオケ、青春18きっぷなど、なんでも自分でやってみる。確かめる。ついでに愛も探す。
 本業の「買い取りが苦手な古本屋」では悲しいくらい気弱。「ガラスの50代」である。

 ■塚本邦雄 『ほろにが菜時記』 ウェッジ 1400円+税
 歌人(1920〜2005)。1985〜2000年まで「味覚春秋」に連載したもの。
 自ら「言語に関する潔癖は食品等の呼称にまさに『こだわり』つづけてきた」と書く。たとえば果物「アボガド」は中南米産であるからスペイン語を背景に持つ、よって「アボカード」と発音すべき。中島敦が作品中で「アボガドー」と表記しているが、これはサモアの酋長の談話に倣っているから異を唱えない。
 呼称をまちがっていると「賞味する気がなくなる」というから、芸術家の潔癖は厄介なもの。
 子息が書いている。散歩の途中で野生の植物を見つけて講釈が始まる。学名、原産地、特徴、用途、食用の可否など、数十メートル歩く間に説明してくれる。ひとつひとつの植物から「無限の情報を引き出して」創作意欲を掻き立てていたようだ、と。
「微妙な味などと言うのも、背後に知識があれば、舌の反応すら違ったのであろう」
「対象物の漢字表記を考察するところから始めるようだ。偏や旁の後世から、匂い薫りの根源を突き止める態度は歌人ならではの作業であろう」

◇久々の「ビジネス書」 辛口。
 ■勢古浩爾 『ビジネス書大バカ事典 第一版』 三五館 1600円+税
「ビジネス書には二種類ある。まともなビジネス書といかがわしいビジネス書『もどき』である」
「もどき」の実体は、成功本といわれる自己啓発書。勢古さんは、他の分野の大ぼら本も含めて「もどき本」と呼ぶ。「これでも穏やかないい方で、はっきりいえばインチキ本である」。本がインチキなら、著者も……。
 私も何度か「成功本」についてイチャモンをつけてきた。それも読まずに、店頭でさわっていて感じることを書いた。勢古さんは仕事とはいえ、本書のために約100冊読んだそうだ。エライ! 説得力がちがう。「はじめに」だけでも価値あり。
 目次
 はじめに
 第1章 なんでビジネス書を読むの?
 第2章 恐るべき三人のつわもの (ユダヤ健、コールド石井、超脳トマベチ)
 第3章 三冊の元祖本と成功法則
 第4章 本を読んで金が儲かるってホント?
 第5章 不当表示? 誇大広告? めくるめく書籍タイトルの世界
 第6章 胡散くさい二人の導師 (サイトー・オンリーワン、コバヤシ・セーカン)
 第7章 その場しのぎの一姫二太郎 (マーケッター神田、カツマー、レバレッジ
 第8章 「成功」することと人生
 第9章 読むなら、経営者の自伝 
 第10章 仕事とは全人的作業である (「奇蹟の画家」石井一男の清澄さを取り上げる)
 あとがき
 付録 (ベストセラー採点)
◇今週のもっと奥まで〜
馳星周 『ふっかつのじゅもん』 「オール読物」6月号より。
 バブルの頃。日本海原発の町。おちこぼれ高校生・徹が〈原発労働者〉大越に連れられキャバレーに。ホステス・愛子と交際。後日、大越は胃潰瘍で入院、あげくに自殺。徹と愛子、その知らせを聞いて、泣きながら、する。引用は紙版で。
■雑誌「宝島」7月号より。
 “俺が感じた官能小説” 館淳一睦月影郎草凪優橘真児。この世界に入ったきっかけ、制作スタイル、嗜好などを語り合う。再現する勇気なし。紙版でするかな?
(平野)