週刊 奥の院 第52号

 週刊 奥の院 第52号 2010.4.23
◇神戸の本
■『塩屋百年百景』 塩屋百景事務局 http://shioya100.exblog.jp/ 1000円+税
 塩屋とは? 本書(表4)から引く。

神戸市の西南に位置し、六甲山脈の西端、鉢伏山が海に迫る町、塩屋。
 文豪ウィリアム・サマセット・モームの短編小説『困ったときの友』にも登場する、明治時代から知る人ぞ知る土地でした。この地名はかつてここで塩がつくられていたことに由来し、漁業や海苔の養殖は現在も盛んです。春には名産「いかなごの釘煮」の匂いが町一体を包み、神戸の中心地からわずか15分とは思えぬローカルさを残しており、今では貴重な文化遺産的美しさ。傘をさした二人の人がすれ違うのが難しいほどの細い道に、豆腐屋をはじめとする個性溢れる焦点が軒を連ねています。
 一方で、明治時代より外国人にその立地を愛され、海辺には個性的な異人館が建ち並び、昭和初期には山の手にジェームス山と呼ばれる外国人の集落が造成されました。現存する異人館は、塩屋の町並みにダイナミズムを加えています。
 大きな開発を逃れ、いまだ人間サイズの町としての魅力に溢れた塩屋も、年々変化を遂げ近年では大規模マンションの建設も著しく山の緑も失われつつあります。それを食い止める為、この取り残された町の貴重さを再認識していただく為、何よりもこの小さな町にはありえないほどのバラエティを一冊の本にまとめてみたいです。
 
 本書に先立つこと。07年に100人の人にインスタントカメラで塩屋のあちこちを撮影してもらい、そのすべてを1冊の本に収録した『塩屋百人百景』(476円+税)を発行。続いて、塩屋の昔の写真を広く求めたところ、40名が提供してくださった。
 浜で網の手入れをする老人、浅瀬の魚に群がる海鳥、青年角力大会、国防婦人会、海水浴、異人館、外国人との交流、祭り、家族写真などなど。
「行政主体のまちおこし企画にありがちな今昔比較、または分類統計的資料価値のあるものより、驚きのあって楽しい、玉石混合で家族アルバム的な楽しい写真集を目指した」
 (註)モームの『困ったときの友』はちくま文庫コスモポリタンズ』で読めます。
◇ブックフェア
東京堂 創業120周年&辞典・事典770点突破記念
 誠に多種多様な辞典・事典の数々。『世界名言・格言辞典』『語源大辞典』『反対語辞典』の他、『勘違いことばの辞典』『ちょっと古風な日本語辞典』『罵詈雑言辞典』というのもある。さらに『水木しげるの妖怪事典』や『四柱推命の事典』も。
 創業は1890(明治23)年書籍小売業、のちに取次と出版。戦後、小売と出版が分離した。
 書店としては、神保町でも文芸書・人文書の品揃え、全集コーナーやリトルプレスコーナーが有名。海文堂は『ほんまに』を販売してもらっている。
◇新書から
■秋山岳志『機関車トーマスと英国鉄道遺産』集英社新書 700円+税
 「トーマス」の仲間に日本製機関車がいるらしい。児童書コーナーを覗いてみよう。
 本書は鉄道遺産全般のガイドブックではないし、「トーマス」謎解き本でもない。彼の国の鉄道産業遺産と絵本の間にある「浅からぬ関係」を探訪する本。
 ロンドン・パディントン駅から40分、「ディドコット・レールウェイ・センター」は実物の機関車で観客に「トーマス絵本」の名場面を再現して見せる。もちろん機関車に乗れる。ここはロンドンと南西主要都市ブリストルの中間で、オックスフォード、バーミンガムへのジャンクション。機関車基地だった。
 彼の国の鉄道遺産の特徴は、多くが「保存協会」という民間の運営。鉄道会社が関与しているところもあるが、より大きな特徴は、運営の主役はボランティアということ。彼の国にはボランティアに大きな意義を認める伝統的価値観がある。
「トーマス」の作者はウィルバート・オードリーで、1945〜72年に発表した物語。子息のクリストファーが続けて書いているが邦訳されていない。そのクリストファーが「ウィルバート」という機関車を登場させている。忙しい時期に別の鉄道会社「ディーン・フォレスト」から借りた機関車の名前。その鉄道遺産の会長をウィルバートが晩年務めており、その功績を讃えて名づけた。
 ウィルバートは聖職者の家の生まれ。伯父は明治初期に大阪・東京に着任していた。ウィルバートもオックスフォードで神学を学ぶ。結婚してクリストファーが生まれるが、病弱だった。ウィルバートは彼のためにお話を作って聞かせる。小さな機関車の話、それが「トーマス」の元。
 60年代後半になると機関車が解体されていく。愛する機関車を守るため筆が熱くなる。ちょうど題材にしていた「ブルーベル鉄道」が週末のみの運行で成功。それに触発され全国に鉄道遺産が作られる。「ブルーベル」は機関車や客車を買い増し、規模を拡大するほど。
 ウィルバートは楽しい童話だけではなく、実際に起きた事故を話に取り入れている。リアリティを重視し、教育的メッセージを組み込んでいる。機関車でも意地悪だったり、傲慢だったり、失敗したり。仲間に諌められ、反省し、失敗を帳消しにするような活躍をする。失敗のあとに必ず汚名挽回のチャンスがある。
 「トーマス」に登場する鉄道は、セバーン・バレー鉄道、スランコスレン鉄道、マン島鉄道、タスマリン鉄道、スノードン鉄道など。
 ■磯辺勝『巨人たちの俳句 源内から荷風まで』平凡社新書 760円+税
 本書で取りあげる人物は6名。このうち一般の俳句史で登場するのは二世団十郎のみ。著名な俳人のみの歴史が俳句のすべてではない、それよりも俳句の可能性を通史・通説以外から探る、というのが著者の考え。
 6名以外にも書くつもりだった人がいた。ひとりは資料調べに行くのがおっくうでぐずぐずした(そんなことあり?)。ひとりは資料が集まるほどに興味がしぼみ。いまひとりは友人が先に本を書いてしまって、恐れをなして撤退と告白。
永井荷風」 花を愛し自宅には多くの花が植えられていた。夏の花で好きなのが
紫陽花。 「あぢさゐや瀧夜叉姫が花かざし」 歌舞伎で一族の恨みを晴らす姫、荷風には歌舞伎作家の修業時代がある。
堺利彦」 「行く春を若葉の底に生きのこる」 大逆事件後の感懐。堺は別件で獄中にあった。
南方熊楠」 「めぐりあふた流れはなんの因果経」 幅広い交遊で多くの手紙が残る。学問的なことを述べた後、俳句や都々逸を添える。句は僧・法竜宛の手紙で、芸妓の身の上話に同情して名残りにフランス香水をプレゼントしたことを。
「物外和尚」 幕末の禅僧、別名拳骨和尚。「鉄鉢で人に施す清水哉」
「平賀源内」 「井の中をはなれ兼ねたる蛙かな」 江戸中期の万能学者、29歳で江戸に向かう時の送別会で。 
「二世市川団十郎」 「梅散るや三年飼ふたきりぎりす」 俳句では宝井其角の弟子。三代目を継がせた養子が22歳で病死する。
 本書には「杉田玄白」も登場する。本業で歴史に残る人物にとって、俳句とはどういうものだったのか? 句は「極めて私的な、ほとんど非社会的なものである」。本業での虚像とその背後にいる実像である自分、「バランス上、一個人である自身を支える営みが必要だった」。
◇今週のもっと奥まで〜
藤沢周波羅蜜毎日新聞社 2400円+税
 倉木は葬儀ディレクター。病院で遺体の葬儀を契約する。事務局長や看護師長が仕切る葬儀社の手配を自社に持ってくるために看護師に接近。死体ビジネスはしだいに危険なゲームとなる。紙版で。
(平野)