kaibundo2010-03-13

■ 『オリーブ』  吉永南央著/文藝春秋 1571円+税

ある日突然、消えた妻−
持ち去られた通帳と保険証、処分された私信。そして、婚姻届すら提出されていなかったという事実。彼女は一体、何者だったのか。

これがこの本の帯に書かれていた惹句です。ね、惹きつけられるでしょう?
この表題作、ある日街で喪服姿の妻を見つけ、斎場で知り合いらしき男と談笑する姿を目撃する。「笑わない」妻なのに…その翌日、妻は消える。一言だけの置手紙を残して。そして帯の文章のように話が進むのですが、一番身近にいる人間のことって案外知らないことだらけなのかもしれません。失踪の理由が次第に明らかになり、自分はただ利用されただけだと知るや、これまでにない妻への執着を見せる夫が哀しい。謎を解決することより、オリーブの実の話を始め、心の動きを丁寧に描写するタイプの作家さんなので、長編としてじっくり読みたいと感じました。
この本は5編を収録する短編集で、よく知っていると思っていた人のことを実は知らなかったという設定が多く、謎も自分や友人の力で解決するほどだから殺人事件なんかもありません。共通するのは非常に繊細で女性らしい視点で描かれていることで、前作の『Fの記憶』(未読)のとき思った「あ、この人面白そう」と言う印象は当たりだったですね。
著者の吉永さんは1964年埼玉県生まれ。本作は4作目。『紅雲町ものがたり』というおばあちゃんが探偵になる軽妙な作品でオール讀物推理小説新人賞を受賞しています。もっと売れてほしい作家です。
(熊木)