週刊 奥の院 第46』号

生きていくための短歌

週刊奥の院 第46号 2010.3.12.
◇神戸の本 昨年11月発行なのだが、最近知った。おそい!
■南悟(みなみ さとる)『生きていくための短歌』岩波ジュニア新書 740円+税
著者は1946年生まれ、ケースワーカーを経て74年から県立高校の国語教員。79年から定時制の神戸工業高校に勤務。生徒たちと短歌創作を始めて25年になる。
短歌授業のきっかけは、授業中の生徒の私語。いらだって男子生徒の襟首をつかんだ時、彼の指先から油のにおいがした。後日職場訪問、彼は黙々と機械に向かっている。社長が「一人前の職人」と。働きながら学ぶ生徒のことを何も知らない自分に気づく。「生徒に化けの皮をはがされた」。
「頑張る姿を自らの言葉で表現させたい」。みな作文が苦手、それなら31文字で。(朝日新聞2.19参照)
 さきの彼が初めて詠んだ歌。
「工場の昼なお暗い片隅で一人で向き合うフライス盤」
 短歌授業が始まって2年して作った。
 長引く不況は子どもたちの学校生活にも影響を与えている。さまざまな事情で私学にも全日制の公立にも行けない生徒が増え、定時制に希望者が殺到する。一方、定時制を減らしていく。本来定時制で受け入れられるべき生徒たち――働きながら学ぶ子、不登校・ひきこもり、問題児、病気や障害と闘う子、外国人・在日、中高年が学べなくなっている。さまざまな境遇の人たちが学ぶ場所は世界にも例がない。
定時制高校には、人間が生きている豊かなドラマがあります。昼の学校とは違った価値があります。生き難い(にくい)人たちにとっては、なくてはならない学校なのです」。
 印税は生徒たちの奨学金、就学資金に使われる。
◇京都〈SURE〉の本
鶴見俊輔『ちいさな理想』 2400円+税
第1章 時代の峠に立って  原型にかえって、「殺されたくない」を根拠に、戦後をふりかえって一九四五〜一九五〇年、原爆のドキュメンタリー他
第2章 悩みが思想を支えている  二〇世紀の一冊、言葉のおおきなうねり、おわりとはじまり他
第3章 自分用の本  理論の毒、親子相談、自分用の本他
 京都新聞に掲載されたエッセイを中心に約80編収録。
「二〇〇五年一月四日。宝船と書いた紙片を枕にして寝たところ、託宣あり。
 支離滅裂の力を信ぜよ。
 長屋の花見とならんで、それが社会運動の最小単位」(もうろく帖)
◇神戸 みずのわ出版の本 こちらも鶴見本。
鶴見良行『エビと魚と人間と 南スラウェシの海辺風景 鶴見良行の自筆遺稿とフィールド・ノート』 2800円+税
 「歩く学問」を提唱し、『バナナと日本人』『ナマコの眼』など東南アジア研究・アジア交流に尽くした。1994年死去。本書は仲間とともにインドネシアの島々を歩き、観察と思索をまとめたノートで、鶴見さんの手書き文字がそのまま本になった。写真や新聞の切りぬき、パンフレットなども貼られている。
? エビと魚と人間と――南スラウェシの海辺風景  熱帯の大地と海 南スラウェシ 水の利用法 トビウオとナマコと都市貧民 舟と船 養魚地 
? フィールド・ノート 1983.7.27−9.17
手仕事学問の面白さ――解説にかえて 村井吉敬……『エビと日本人』(岩波新書の著者)
 なぜ、このノートが出版されなかったのか? 村井さんの推測では、鶴見さんがまだ発展されるべき内容があると考えていたのかも、と。「ナマコ」は本になったが、「塩」や「舟と船」などはまとまっていない。「それだけに注目すべき内容がある」。
◇恐竜の本 恐竜を絶滅させたのは6550万年前の小惑星激突とか。
兵庫県人と自然の博物館監修『丹波竜 太古から未来へ』神戸新聞総合出版センター 1333円+税
 2006年8月地学愛好家が丹波市の篠山層群で「丹波竜」の化石を発見した。1億4千万年〜1億2千万年前の地層。まだ発掘途上で、さらに化石が出土している。完全な骨格標本の可能性も期待される。多様な動物の化石も。世界に発信できる豊かな情報を秘めている。
◇今週のもっと奥まで〜
唯川恵『セシルのもくろみ』光文社 1600円+税
 人気女性誌「ヴァニティ」の読者モデルに選ばれたアラフォー専業主婦・奈央。徐々に生活が変わる。華やかな世界で見る女同士の競争、嫉妬。プロ根性も鍛えられる。スタッフに支えられ少しずつモデルとして輝いてくる。しかし不況で雑誌も不振。モデル・スタッフたちはライバル誌に引き抜かれる。奈央も誘われる。憧れの編集長は左遷。奈央は告白。そして……。続きは紙版で。
◇雑記
その1. 作家さんご来店(予定も)。 
 某日(直接お会いしていないので、すまん)垂水の高嶋哲夫さん。今年もお手製“イカナゴのクギ煮”をくださる。「高嶋印」で売り出し、というのは昨年もどこかで書いた。不謹慎。
 3/10 切り絵作家・成田一徹さん。著書在庫分にサインをしていただく。海文堂だけのサイン本。「朝日新聞首都圏版」連載「東京シルエット」が今夏出版決定。また、「神戸新聞」で「神戸の残り香」続編の連載がまもなく始まります。
 3/12 宝塚の郄田郁さん、文庫新刊『想い雲 みをつくし料理帖』(角川春樹文庫)にサインを。こちらも、たぶん海文堂だけのサイン本です。
その2. 『ほんまに 11号』4/15刊行を目指して奮闘中。「年度末で忙しい」「教科書業務で疲れている」「わしゃあ、酒のほうが大事」「ワテはかあちゃんがエエ」……、セーラ編集長の「言い訳無用! 締め切り死守!!」の叱咤(激励はない)が脳内を駆けめぐる。
 あちこちの若手書店員が登場してくれます。『sumus』に対抗(?)して、「晶文社」記事もあり。
 私はいつものスケベ本。
その3. 第1回鮎川信夫
 詩集部門 谷川俊太郎『トロムソコラージュ』(新潮社)
 詩論集部門 稲川方人、瀬尾育生『詩的間伐――対話2002−2009』(思潮社
 詩論集部門で、以前紹介した季村敏夫『山上の蜘蛛――神戸モダニズムと海港都市ノート』(みずのわ出版)が最終候補作品に入っていた。選評は「現代詩手帖」4月号(3月末)にて。
(平野)