第41号 2010.2.5

週刊 奥の院 第41号 2010.2.5
◇イベント&フェア
■豊田和子展 仏画雛人形・郷土人形を描く
2/9(火)〜15(月) 10時30分〜19時(最終日は18時まで)2Fギャラリースペース 入場無料 協力(有)シースペース
これまで取り組んでこられた仏画の他、人形作品など約60点展示。複製画の販売も。
和子さんは1929(昭和4)生まれ。2007年出版した『記憶のなかの神戸』(シーズプランニング)は当店のロングセラー。ファンが多い。
■A氏蔵書一挙放出 第2弾 2/6(土)〜売り切れるまで 1F特設ワゴン
今回の値段は、1冊500円、2冊500円、3冊でも500円。4冊なら1000円、6冊でも1000円。
◇新刊から このところ(下)系が続いたので、上品に。
■松山俊太郎『綺想礼讃』 国書刊行会 6600円+税
インド哲学者による文芸評論集。546ページの立派な本。装幀は間村俊一
目次から。(谷崎潤一郎)「アモラルなモラリスト」。「宮沢賢治と蓮」覚書。「南方熊楠と蓮」覚書。(小栗虫太郎)「新伝奇小説」と「運命の書」。(稲垣足穂)「東洋への回帰」。(三島由紀夫)「三島さんの唯識説」。「奇態な犬神・澁澤龍彦」など。
付録に小冊子、関係者による本書讃辞と共に「松山」評論。本書のなかで松山が、ある作家を「才能浪費型天才」と評しているが、まさに本人自身のことと。また、さまざまなエピソードが綴られる。進駐軍をやっつけようと爆弾作りとか、俳人と二人和服で噺家と間違えられたとか、野坂昭如の小説に登場するとか。
高村薫・藤原健『作家と新聞記者の対話2006−2009』 毎日新聞社 1500円+税
毎日新聞大阪本社版で、山口県をのぞく中国地方に届けられる朝刊に掲載されたという、訳のわからん仕組み。高村さんは『太陽を曳く馬』を雑誌連載中、多忙ななかでのインタビュー。彼女は物静かでことばも丁寧。人柄・知性が表れる。
民主党政権について)
有権者としては、2005年の総選挙と今回の2009年の、2回の総選挙を通して、小選挙区制の怖さをようやく実感したというのが正直なところです。
鳩山首相の「友愛」理念)
うーん……、ヨーロッパ由来の汎人類主義の精神からきた特殊な言葉ですが、日本語としてこなれていない。そういう言葉をいきなり政治理念として掲げる神経がわからないというところでしょうか。
一方で、この方はリベラルとか保守とかいう前に、合理主義者だと思うんです。合理主義者なら、これまでの慣例とか常識とかにとらわれずに合理的だと思われる政策を掲げていくことができるはずで、そういう能力を基本的にお持ちだと思うんですが、いかんせん、合理主義を発揮するための大もとの国家像とか、国民生活像が、はっきりしておりませんでしょう。そこに、「友愛」といった言葉だけを持ってこられるので、普通の生活者の感覚では戸惑います。
(メディアと政権。監視・批判が政局報道と並んで大切。あたたかく見守るというのは報道にとって未知の分野)
……あたたかくとも思わないけれど(笑)。
見守るというのは、まさに合理的な発想なんですよ。例えば、私たちが新政権にしてほしいことは、情報公開とか政治主導とか、行政や事業の無駄の排除とか、いろいろありますけれども、どれもとにかく難しい作業ですし、時間もかかるでしょう。それを下手にせっついて、中途半端にお茶を濁されて、元の木阿弥になってしまったら、困るのは私たちですもの。だから、何が損か得かと考えた時に、せっつくよりは時間を与えて待つほうが得だという計算になる。
第1章 民主党政権の時代へ(09.10.3) 第2章「崩壊」前夜に(09.3.8)と政治の話が中心だが、第3章(06.10〜08.3)は、死刑制度、飲酒運転、いじめ、都市と地方、家族などを藤原記者と共に考え話し合う。
藤原の狙いは「ニュースを読み切る」こと。高村の「この世界で起きているさまざまな事象を、自分できちんと説明できる言葉を持とう」というメッセージを伝える。「言葉とは、情報を単に伝達するだけの道具ではない」「自らの世界像を形にするために言葉がある」という作家の論理に踏み込む。さらに藤原は、ネット情報などに振り回されかねない状況で、新聞の果す役割を考える。
井上章一斎藤光・澁谷知美・三橋順子編『性的なことば』 講談社現代新書 950円+税 どこが「上品」じゃ?
建築史・性欲の文化史、科学史・性の記号史、男性の性の社会史、性別越境の社会・文化史と、ヘンなセンセばっかり。04年の『性の用語集』(同新書)続編。
「性」にかかわる言葉(記号)の歴史を解明することは、その言葉が担ってきた「性」の文化の歴史を明らかにすることに通じる。その点で、本書は「性」の記号史であると同時に、言葉にこだわった「性」の文化史といえるだろう(三橋)。
いわゆる「H」なことを表わすことば、俗語・卑語・隠語など普通の辞書に収録されていなかったり、収録されても正しく解説されなかったり。センセたちは文献に当たりながら、それらのことばの起源・変遷を明らかにしてくれる。
一例、井上センセによる「ちちくる」の解説。
「乳繰る」と書く。「男女がひそかにあって、むつみあう、たわむれる様子」。
「それにしても、乳を繰るとは、どういう状態か。乳房をくりくりいじることじゃあないの。いや、ひょっとしたら、乳首をくりくりすることかもしれない。とまあ、そんな様子を想いうかべるむきも、なかにはあろうか」
「繰る」という動詞に、くりくりするという意味はない。糸や綿をたぐりよせる場合に使う。本のページをめくるもある。乳をたぐりよせたり、めくる……、「グラビアページをめくる」はありかもしれない……。
センセの探究心は謡曲浄瑠璃に及ぶ。声高に調子を上げることを「繰る」というらしい。ということは「あえぐ」? 謡曲風に?
自問自答しながら、たどりついたことばは、江戸時代の考証家の研究で、鎌倉時代の書にある「ちちくひ合ふ」。他にも男女の密会をさすことばに「ちぇちぇくる」「ちゃちゃくる」「ちょちょくる」。「せせくる」や「ててくる」も使われた。センセ、改めて『国語大辞典』(小学館)をめくる。「ちぇちぇ」「ちゃちゃ」「ちょちょ」は、雀のさえずりで、男女のむつまじさを鳥の鳴き声になぞらえた。「ちぇちぇ」などは消え去り、「ちちくる」だけが残った。「乳繰る」の当て字の賜物だろう。歌舞伎脚本に(1793年)出てくる。
「お菊さまと幸助は、不義してござります。イヤサ、乳繰って居りますぞえ」
私の経験です。辞書を持ったら妖しいことばを探したもの。「さ」行や「S」の項目をめくらなかったですか? あの頃とひとつも進歩していない。でも、本書はあちこちめくらなくても順番に読めます。それにしても知らぬことばが多々あります。
いまさらですが、本書は「もっと奥まで〜」ではありません。
◇今週のもっと奥まで〜
睦月影郎『平成好色一代男』 週刊現代連載中。引用は2/13号から。専門の書き手の文は初めて。
主人公は風采のあがらない中年課長・与野今日介。会社のマドンナと一夜を共にしてから女性運上昇。毎回、ナニのシーンばかり。言い訳ですが、毎週読んでいるわけではないので、お話の筋が今ひとつわかっておりません。どうも泥酔した部下を家まで送ったところ、部下は眠り込んだまま。この夫婦、あっちの方がうまくいっていないみたいで、妻と……、ものすごーく都合のよい展開に。引用は紙版のみ。帰り際、妻にアドバイス。「夫婦生活を取り戻すこと」。カッコつける大助平。
◇雑記(1)今後の「奥まで〜」ネタをYちゃんにすっかり読まれてしまっている。もう予告やめ。その本が入荷せず、私ひとりが大騒ぎ。スタッフ連中に「知らんか? 入荷してないか?」と訊いてまわるのに、書名を言えず、新聞広告を指差す。気は小さい。
(2)K新聞の本紹介「もっと奥まで」をやり直す。本も代える。本家の誇りと意地が邪魔する。ひょっとして「才能浪費」?
(3)「ダイエット本」ネタ、まだ続く。今週は4位やったかいな? 恥の何重塗りかわからねど、ダメ押しが身内から。美人妻の友人が「買うて来い!」。私の孤独な闘いは続く。
(平野)