週刊 奥の院 第36号 2009.12.25.

 週刊 奥の院 第36号 2009.12.25.
◇ブックフェア 一足早く、「阪神・淡路大震災 15周年」 1/31まで。1Fレジ前平台。
 神戸新聞総合出版センターの本を中心に。
新刊では
 ■林春男・重川希志依・田中聡、NHK「阪神・淡路大震災 秘められた決断」制作班『防災の決め手 災害エスノグラフィー』NHK出版 1500円+税
 防災専門家が5年かけて、災害救援活動に従事した神戸市職員150人に聞き取り調査をした。膨大で貴重な証言集だが、当初30年間非公開という約束だった。この存在を伝え聞いたNHK制作班が閲覧を交渉、証言者ひとりひとりを訪ね、36人から了解を得た。
「伝えきれていない震災の知られざる事実や教訓を視聴者に提示したい」と、1月にTV放映。
 消火と命、どちらを優先すべきか悩んで決断した消防士。犠牲者の遺体の火葬はどうすればいいのか(安置所の福祉事務所職員)、避難所で食料・物資の奪い合いを目にした区役所職員。起こるであろう事態のための教訓の数々。
 ■兵庫朝鮮関係研究会『兵庫の大震災と在日韓国・朝鮮人社会評論社 2200円+税
 目次
1 阪神大震災(在日本大韓民国民団の記録;在日本朝鮮人総聯合会の記録;在日同胞に関する記録);2 北但馬大震災・北丹後大地震関東大震災(北但馬大震災と朝・日友好の証;北丹後大地震朝鮮人関東大震災と兵庫の朝鮮人
 ■『震災記録 視る DVD版』 兵庫機関紙宣伝センター 1000円(税込)
◇神戸の本
 ■高嶋哲夫『乱神』幻冬舎 1700円+税 
 垂水区在住。歴史小説初挑戦。現代の考古学者が元寇の遺跡で中世ヨーロッパの剣を発見する。それは幼少時、祖父の家で見た剣(十字架もあった)と同じものだった。
 物語は、中世ヨーロッパの十字軍から始まる。イスラム教徒から聖地エルサレムを奪回するため何度も遠征するが、失敗。さらに、アジアからモンゴル軍が侵略してくる。イングランドの騎士エドワードはわずかの部下と商人と共にアレクサンドリアから紅海、インド、マレーに。船は流され、たどり着いたところは北九州。この島国にもモンゴル軍が攻めてきていた。勇猛なモンゴル軍と戦う島の小柄な兵士たち。「ここにラテン語の世界とはまた違った形の戦いがある」。
 エドワードたちは、兵士と防塁を築き、武器を改良する。投石器を提供し、兵士(農民・町人も)を訓練する。自らも戦う。迫りくるモンゴル軍を前にして部下たちに最後の檄。「我らはキリストの兵士として、祖国イングランドから大陸に渡った。エルサレムよりインドの海を経て、大陸をまわり、この島国に上陸した。我らのなしたことを今一度考えよう。民あってこそ、日々の糧を得ることが出来る。その民を護ることこそ、我らの使命だ。この東方の地に果てようと神は変わらず我らと共にある。神のご加護を」。
 手勢はわずかの武士団と彼が訓練した民たちだけ。その働きが「もうひとつの神風」だった。時の権力は彼らの存在を歴史から消してしまった。
 考古学者は第9回十字軍にイングランド王太子エドワードの名を見つける。1271年5月トリポリ上陸後、イスラムとモンゴルに敗れた。さて、歴史の真実は?
◇生誕100年で、太宰治松本清張ばかりが目立ちました。中島敦は少しだけ、このふたりはあまり話題にならなかったよう。
 ■大岡昇平埴谷雄高『二つの同時代史』岩波現代文庫 1300円+税
1982〜83年に雑誌「世界」で連載された対談。若き日の読書体験、文学交遊、獄中生活、軍隊体験、戦後文学。そのまま大正・昭和の文学史・文化史。
大岡と小林秀雄中原中也の関係はよく知られる。大岡は小林にフランス語の個人レッスンを受けていた。
大「小林は一時間、ボードレールの『パリの憂愁』を教えてくれ、そのあとの一時間は文学の話をしてくれた。彼の愛人はヒステリーだから、なるべく家におそくまで帰りたくねぇんだよ」
埴「長谷川泰子(小林佐規子――中原の恋人)が逃げてきていたんだね」
大「一度は家に来てもらって、一度は向こうに行く。そこで中原に会うわけ。そのうち教えに出向いてくる小林と一緒に中原とお佐規がついてくるんだよ。もうめちゃくちゃだよ」
小林の家の隣が「のらくろ」の田河水泡の家で、彼は当時ダダイスト。小林は彼をバカにしていたが、妹が彼と結婚する。昭和2・3年頃のこと。
ほかに、『死霊』の話、なぜ「しれい」と読ませるのか。澁澤「サド裁判」の話も。
◇人文社会
 ■鶴見俊輔『言い残しておくこと』作品社 2400円+税
 雑誌「すばる」でのインタビュー(07/11、08/1)をまとめる。
 目次 第一部 “I AM WRONG” 第二部 まちがい主義の効用 第三部 原爆から始める戦後史 
 付録に小冊子。大江健三郎竹西寛子山口文憲が寄稿。
(夫人はキリスト教徒だそう)「キリスト教の定義は、you are wrong、おまえが悪いという主張だと思っている。イスラムも you are wrongだから、決着はなかなかつかない」
マルクスもウイメンズ・リブもyou are wrong、それには同調しない。そして、オーソリティに対して、申し訳ありませんと謝らない」
「私はゼロ歳のときから、おふくろに『おまえは悪い人間だ』といわれつづけた。だから、自分は悪い人間だ、というのが私のなかに生じた最初の考えなんです」
「当時私はまだ言葉をもっていないから、おふくろに言い返せない。そこで行動的に抵抗するんです。つまり悪い人間として生きる。この流儀は、八十五年の間通していて、全然ブレない。それが私の信仰といえば信仰でしょう」
「そもそもベ平連というのは、ファブリズム、まちがい主義なんです。まちがいからエネルギーを得てどんどんすすめていく、まちがえることによって、その都度先へ進む……思想の力というのは、これはまちがっていたと思って、膝をつく、そこから始まるんだ」
二重被爆」という記録映画がある。広島で被爆して、長崎に戻ってもう一度被爆した人が九名いた。映画のなかで、そのひとりが「(アメリカが自分たちを)もてあそんどる感じがします」と。
「これが原爆投下の真相なんです。この原爆のもつ真実の意味をちゃんと言い当てた人が二重被爆者のなかにいたわけです。戦後史というのは、ほんとうはここから考えるべきなんですよ」
 その「原爆」について、政治的イデオロギーで日本の知識人は分裂してしまう。明治以来の日本の知識階級の教養を嘆く。政治家は、戦前の戦争論をそのまま復活させて「原爆」もそのなかに入れ込み、東京裁判は間違いというところへ囲い込む。
「これだけの大変な惨害を受けて、そのなかで生きていて、それがわからないというのは、ほんとうにすごいことなんですよ。このパラドックス!」
 「悪人」の思想は「怒り」だ。
◇今週のもっと奥まで〜 亀山早苗 『「大人の恋」は罪ですか?』徳間書店 1200円+税 
 男女の問題を扱ったノンフィクションを多く発表。本書も取材をヒントに小説化。アラフォー女性なかよし4人組。
(Y)公私とも充実していたのに、33歳で「できちゃった結婚」。夫とは(性)なし。かつての恋人と再会。
(R)27歳で結婚するが夫の浮気で離婚。再婚して歓びを知る。しかし夫の本性は?
(A)26の時、見合い結婚。子どもあり、仕事順調。夫と(性)なし。出張ホストと……。
(K)結婚も子どもも諦め、仕事でキャリアを重ねながら、長年不倫の恋。それが成就しそうになったら、相手が自殺。本人も1ヵ月後脳内出血で孤独死
 例により、引用は紙版でどうぞ。
◇お知らせ
 ■いよいよ27日「南陀楼綾繁トーク ブックイベントのたのしみ」 古本市会場にて。
 ■『奇蹟の画家』(講談社) 著者・後藤正治さんがサインをしてくださいました。海文堂だけのサイン本です。
 ■来年、新聞で「もっと奥まで〜」が読書案内のお題になりそう。担当者の頭の中を覗いてみたいのは私だけではないでしょう。
 ■年末は休みます。次回は1/8予定。「奥まで〜」特集のつもり。皆様、良いお年をお迎えください。
(平野)