週刊 奥の院 第35号   

週刊 奥の院 第35号 2009.12.18.
◇神戸の本
■武内勝・口述 村山盛嗣・編集『賀川豊彦とボランティア 新版』 神戸新聞総合出版センター 1800円+税
 「献身100年記念」出版。
賀川と共に救済活動をし、彼を支えた弟子による口述(1956年)。賀川を「神戸イエス団」の生みの親とすれば、武内は育ての親といえる人物。
 スラムの沿革、劣悪な住宅環境、不安定な生活、子どもの教育問題などスラムの実態を紹介。さらに、伝道・奉仕活動、それに対する暴行や迫害、教会の無抵抗主義も。
活動資金は寄付や募金、賀川らの労働報酬。人手は神学生たちのボランティア。賀川のアメリカ留学中は武内が役目を果たす。賀川は帰国後、これまでの奉仕による慈善活動から「防貧」に施策を転換する。労働組合、農民組合、生活協同組合など民衆の団結と、信仰者による歯ブラシ工場など社会事業で「貧困」に対抗する。彼の社会運動の理想は公設市場・食堂・病院など公の福祉政策にも大きな影響を与えた。
 ベストセラーになった小説『死線を越えて』のエピソードが披露されている。雑誌「改造」連載中は評判が良くなかったが、単行本発売と同時に「すばらしい勢いで出た」。武内が本屋で売れ行きを訊くと、「売れるも、売れるも、羽が生えて飛ぶように売れます」と。
 漫才師がネタにして、
「賀川先生は、この頃えらい財産をこしらえたが、なんぼこしらえた」
「何万円とか何十万円とか言っておりますが、本当のところは案外少ないで」
「私の調べたところでは五千円」
「そんなバカな」
「それでも死線(四千)を越えたら五千円やないか」
 また、有名な役者が神戸で小説を芝居にするから、実演前に見てくれと言ってくる。路傍説教の仕方を教えろ、讃美歌を教えろと。実は武内、歌が下手で、賀川から「君は歌は駄目だ」と宣告されていた。しかし、役者が上手で5・6分で歌えるようになった。
「いつの時代でも偉大な人物の回りには、それを支える有名無名の人々の群がいたことを忘れてはならない。賀川豊彦についてもそれは例外ではない」(村山)
 伝道、社会事業、組合活動など、賀川の業績は偉大なボランティアだ。その賀川の後ろには「彼を慕い、彼に共鳴して従った忠実なボランティアたち」が数多くいた。
■『人権歴史マップ 播磨版』 ひょうご部落解放・人権研究所 600円(税込)
 加古川名物「かつめし」をご存知か? 「カツ丼」とちがう。ご飯を皿に盛り、ビーフカツを一口大に切ってのせ、たれ(ソース)をかけ、ゆでキャベツが添えられる。新鮮でおいしい肉の話から当地の食肉産業のことになる。
 いやな話の方が多い。平成大合併で、部落のある町との合併について「差別ハガキ」が複数役所に届いた。有名な祭の裏にある悲しい歴史や多文化交流の歴史、それに自然豊かな播磨とそこに住む人々の卓越した技術・文化を紹介する。
◇本の本
■大西寿男『校正のこころ 積極的受け身のすすめ』 創元社 2000円+税
 1962年神戸生まれ。「松葉杖の先生」故浅田修一さんの教えを受けたひとり。校正者として20年、現在個人出版事務所「ぽっと舎」で本づくり。
 自費出版をはじめ、パソコン普及で文書作成、インターネットのホームページやブログ、ケータイなど、誰もが自由に文章を書き発表する時代、出版や活字が暮らしの中で身近・手軽に利用できる。15世紀のグーテンベルグ活版印刷以来の「第二の出版革命」と言う。当然「言葉」に大きな影響が表れる。「言葉」が荒れる・乱れる、新語、造語、新しい表現など。それに「言葉によるいじめ」やネット上の書き込みトラブルもある。「言葉」とつきあうことのむずかしさ、それを考えるヒントが「校正」の仕事のなかにあると。
 新聞・雑誌・本をはじめ広告やパンフなど紙印刷物に加え、ネットの情報など膨大な量のことばや文字。そのひとつひとつが「校正というプロセスを経て誕生」してくる。
 「校正は徹底的に受け身の仕事」。著者や編集者とはちがう。広告・営業という売るための仕事でもない。新しく何かを生み出すのではなく、創造物が完全なものになるよう援助する仕事で、向かい合う相手は原稿とゲラ。編集者との打ち合わせで、作品の意義や出版の意図を理解し、進行のスケジュールを頭に入れる。
 作業の「かたち」で、「引き合わせ」と「素読み(すよみ)」がある。
前者は、原稿とゲラ、さらに赤字を入れた新しいゲラと引き合わせること。ここで本の歴史、校正の歴史を概説してくれる。
後者は、活字に組まれたゲラを読み、そこに隠された誤りや適切でない部分をチェックする作業。同音異義語やパソコンの誤変換。ここでは、現代の出版状況を語る――出版社の自転車操業と読者の消費欲求で出版現場が変わった。校正者に求められるのは「一字一句の正確な引き合わせの技術から、短期間に草稿を完成原稿へとしあげる素読みの技術」。
作業の「営み」がある。「言葉を正す」「言葉を整える」。
前者は、誤字・脱字、言葉使いの誤用など目に見える誤りや、事実関係のまちがい、前後の矛盾、論理の破綻などを正す。
後者は、常識的な辞書の規範から逸脱する言語表現――「ら抜き」をどう扱うか、句読点、漢字の用字、表記・活字などの形式、比喩など文章表現についての疑問、人物や風景の描写・造型、全体の構成や物語の組み立て、語りと作者の関係まで。「この表現でいいのか?」「こうすればもっと適切・効果的・正確では?」と問う。
「言葉の本来の姿、いまは不充分だけれども、ほんとうはこう書かれたかったという真の言葉に迫るのが、校正者にとっての『整える』という営みの第一の意味内容」
「あたたかい言葉はよりあたたかく、冷たい言葉はより冷たく……それぞれの言葉がもつ色合い、体温、手ざわりにどこまでも即すこと。それが校正者にとって、言葉の真の姿に迫るもうひとつの重要な鍵」
「言葉には相反する二つの力」がある。できるだけ多くの読者のもとに届こうとする力と、限られた読者にのみ届こうとする力。校正者はこの二つを意識する必要がある。両方の立場に立って、「言葉」による表現への問いかけをできるだけたくさん、しかも多様に準備し、財産として持っていなくてはならない。辞書・資料にあたるのは、正解を求めるためではなく、「言葉」に対する感覚を豊かで柔軟にするための経験の作業と。
「積極的に受け身となって言葉に寄り添う」「新しく生まれようとする力を支える援助者」の誇りであります。
堀部篤史『本を開いて、あの頃へ』 millebooks サンクチュアリ出版 1000円+税
京都の名物本屋「恵文社一乗寺店」の店長さん。1977年生まれ、若い! その人が選んだ本の感想文とエッセイ。私も読んだ本が2冊だけあって、喜んでいます。自分も若いと。アホ! でもね、海文堂のスタッフたちとだったら、絶対1冊も合わんと思うもの。
「本や、それを読むという行為は他の何かと交換可能なものではない。検索して情報を知る以上の楽しみがそこにあるということを自分自身の読書体験をもとに証明したかった」
◇今週のもっと奥まで〜
■『婦人公論 快楽白書 2010』 婦人公論1/15別冊 中央公論新社 780円(税込)
いつもと同じく、「H」引用は紙版でたっぷりと。
昔から「婦人公論」をおじいちゃん方が買っていかれる。この特集号も毎回おっちゃん・おとっつぁんが多い。私もその域にようやく達したということですな。
◇お知らせ
(1)前号で紹介の『奇蹟の画家』、著者後藤さんが20日(土)にサインをしてくださる予定。また、石井一男画集2『絵のほとりから』(ギャラリー島田)も入荷。1・2共3150円(税込)。
(2)「Web本の雑誌」で名古屋の和子ちゃんが、「本の雑誌1月号」で新宿の春菜ちゃんが海文堂を紹介してくれています。どうも若い娘に注目されているらしい。(外野)若いけど変な娘がおるいうこっちゃ。
(3)第6回海文堂の古本市 12/23〜'10.1/11(1/1・2休業) 2Fギャラリースペースにて。参加書店・山田書店、イマヨシ書店、あさかぜ書店、一栄堂書店、オールドブックス・ダヴィンチ。12/27(日)この会場で「南陀楼綾繁トークショー」 15時開演。特別ゲストは本好き女性4名。参加費500円。尚、トーク会の間、古本販売は休止します。
(4)ヨソ様のイベント 
賀川豊彦の文学 神戸・仲間たち・神の国」 12/17〜'10.3/22 神戸文学館にて(毎週水曜日、12/28〜1/4は休館)
献身100年事業のひとつ。文学に焦点。『死線を越えて』3部作、詩『涙の二等分』を中心に、賀川の活動と、共に働いた仲間たちの作品も紹介。記念講演も4回。詳細は神戸文学館(078−882−2028)まで。http://www.kobe-np.co.jp/info/bungakukan/
 ◇無駄口 気楽なおっさんは仕事中鼻歌。側にいた女史が「それ『愛の讃歌』すか?」と。ちゃう、わてが口ずさんどったんは「天城越え」。どんだけ下手くそなんか。
(平野)