週刊 奥の院


今尾恵介 『地図で読む戦争の時代 描かれた日本、描かれなかった日本』 白水社 1800円+税
 1959年横浜生まれ。出版社勤務からフリー。『日本鉄道旅行地図帳』『日本鉄道旅行歴史地図帳』(新潮社)監修他、地図・鉄道史の著作多数。
 

 地形図を作り始めたのは、どの国でもたいてい陸軍である。もちろん海図は海軍が作った。陸であれ海であれ、国を守るために正確な地図が必要であることは当然である。しかし、一方で、他国を侵略するにも、先立つものは地図であった。たとえば日本の地形図の作成は昭和一二年の日中戦争あたりから目に見えて「外地」の地図作りの比重が激増し、「内地」の修正作業はまったく滞ってしまった。中国内陸部からインド、東南アジアから南太平洋まで、兵站線の拡大の前ぶれのように、測量戦線も拡大していったのである。(略)
 本書のテーマは二つある。
 地図で戦争の時代を読む
 戦争の時代の地図を読む

目次
地図に表わされた戦争の傷痕  地形図に描かれた空襲 終戦直後の東京 地名に残る「戦争の時代」 他
植民地と領土を地図に見る  朝鮮の干拓地に記された日本の県名 台湾の農村を縦横に走る稠密な線路網 「大東亜共栄圏」の地図記号 他
地図が隠したもの  描かれなかった等高線 毒ガスは地形図の空白で作られた 改竄された日本 他
軍事施設はその後どうなったか  軍用地 軍用鉄道 飛行場 他

……「戦争の時代」というものは、多分にイデオロギー的な風味を伴った「記号」としてではなく、もっと大縮尺の地図のような見方に立って捉えなければ本質が見えない。たとえば「東京大空襲で一〇万人以上が犠牲になった」などという目も鼻もないデータとしての記述ではなく、「いつも買い物をしていた本所区亀沢町の乾物屋さん一家が一人残らず亡くなった」という視点である。広島の原爆ドーム界隈にはかつて家が建て込んだ市街地があり、かの一発によって住民の生活は一瞬にして消え去ったわけだが、それが具体的に何を指すのか、戦争を知らない世代の一員であっても、少なくとも想像する力を持ちたい。
 戦争の近代化は人間の視界を大縮尺から小縮尺へ変化させた。昔の白兵戦なら戦う相手ひとりひとりを見なければならなかったが、爆撃機パイロットの目には、市街地は無数の瓦屋根が連なるグレーの模様にしか見えない。縮尺「一分の一」から「数千分の一」に小さくなったことにより、生身の人間の姿は確実に見えにくくなったのである。

「小縮尺の視界の中にあって大縮尺を思う想像力」は今日でも育っていないという。たとえば、他国との領土問題。「満蒙は生命線である!」と叫んでいた時代と同様に論調はにわかにヒステリックになる。
「本当の地図の見方」を知り、複数の地図から状況を落ち着いて判断し、行動することを求めている。
(平野)

週刊 奥の院


今尾恵介 『地図で読む戦争の時代 描かれた日本、描かれなかった日本』 白水社 1800円+税
 1959年横浜生まれ。出版社勤務からフリー。『日本鉄道旅行地図帳』『日本鉄道旅行歴史地図帳』(新潮社)監修他、地図・鉄道史の著作多数。
 

 地形図を作り始めたのは、どの国でもたいてい陸軍である。もちろん海図は海軍が作った。陸であれ海であれ、国を守るために正確な地図が必要であることは当然である。しかし、一方で、他国を侵略するにも、先立つものは地図であった。たとえば日本の地形図の作成は昭和一二年の日中戦争あたりから目に見えて「外地」の地図作りの比重が激増し、「内地」の修正作業はまったく滞ってしまった。中国内陸部からインド、東南アジアから南太平洋まで、兵站線の拡大の前ぶれのように、測量戦線も拡大していったのである。(略)
 本書のテーマは二つある。
 地図で戦争の時代を読む
 戦争の時代の地図を読む

目次
地図に表わされた戦争の傷痕  地形図に描かれた空襲 終戦直後の東京 地名に残る「戦争の時代」 他
植民地と領土を地図に見る  朝鮮の干拓地に記された日本の県名 台湾の農村を縦横に走る稠密な線路網 「大東亜共栄圏」の地図記号 他
地図が隠したもの  描かれなかった等高線 毒ガスは地形図の空白で作られた 改竄された日本 他
軍事施設はその後どうなったか  軍用地 軍用鉄道 飛行場 他

……「戦争の時代」というものは、多分にイデオロギー的な風味を伴った「記号」としてではなく、もっと大縮尺の地図のような見方に立って捉えなければ本質が見えない。たとえば「東京大空襲で一〇万人以上が犠牲になった」などという目も鼻もないデータとしての記述ではなく、「いつも買い物をしていた本所区亀沢町の乾物屋さん一家が一人残らず亡くなった」という視点である。広島の原爆ドーム界隈にはかつて家が建て込んだ市街地があり、かの一発によって住民の生活は一瞬にして消え去ったわけだが、それが具体的に何を指すのか、戦争を知らない世代の一員であっても、少なくとも想像する力を持ちたい。
 戦争の近代化は人間の視界を大縮尺から小縮尺へ変化させた。昔の白兵戦なら戦う相手ひとりひとりを見なければならなかったが、爆撃機パイロットの目には、市街地は無数の瓦屋根が連なるグレーの模様にしか見えない。縮尺「一分の一」から「数千分の一」に小さくなったことにより、生身の人間の姿は確実に見えにくくなったのである。

「小縮尺の視界の中にあって大縮尺を思う想像力」は今日でも育っていないという。たとえば、他国との領土問題。「満蒙は生命線である!」と叫んでいた時代と同様に論調はにわかにヒステリックになる。
「本当の地図の見方」を知り、複数の地図から状況を落ち着いて判断し、行動することを求めている。
(平野)